2016/07/15

イ・ランのインタビュー(その1)

2012年の夏にリリースされたファースト・アルバム『ヨンヨンスン』

 韓国のインディー・ミュージックを英語で紹介する初めてのブログ「Indieful Rok」に掲載されていたイ・ランの記事の転載許可がおりたので、こちらで紹介しようと思います。ちょうど『ヨンヨンスン』リリース後すぐのタイミングでのインタビューで、短いものですが要領よく彼女の当時のいろいろな活動や創作態度がまとめられてあります。音楽と絵と映画、それぞれの違いについて唸らされ、また『ヨンヨンスン』リリースの裏側も少し覗くことができるかもしれません。今でもプロ意識が欠けているのは変わらないようですが(笑)、でも、人間関係と死という彼女の2大テーマは、この翌年から録音をはじめるセカンド・アルバム『神様ごっこ』でさらに追求されていくのでした。ともあれ、4年前の夏、若きイ・ランの言葉に耳を傾けてみましょう。

Reprinted with kind permission of the author, Anna from Indieful Rok
http://www.indiefulrok.com/2012/08/mini-interview-with-lang-lee/

2012年8月22日 アナ

イ・ランがソモイム・レコーズと契約したと知って以来、ユアマインド(編注:韓国ソウルのホンデ地区にある自主制作出版を扱う書店兼出版社)のコミックを読むなど(編注:ユアマインドのウェブサイトにイ・ランが寄稿していた連作漫画)、私はずっと彼女のことを追いかけていた。しかし、彼女の新作のニュースはなかなか届かない。ようやくこの夏、韓国で過ごした数週間の間、私はリリースされたばかりの彼女のファースト・アルバムを手に入れることができた。数日後、夫と私は旅行に出かける予定で、その間に聴こうとたくさんのCDを用意していたが、結局私たちは『ヨンヨンスン』ばかり何度も聴くことになった。一度聴いただけでそのアルバムは私のフェイバリットとなり、2度目に聴いたとき夫はこのアルバムはクラシック(名盤)になるだろうと宣言した。イ・ランについて、またアルバムができた背景について知りたくなり、私は質問を用意して彼女にアプローチすると、果たして彼女から、気前よくたっぷりとした答えが返ってきたのだった。

あなたはミュージシャンで、イラストも描いて(映画の)先生もされています。それぞれはご自分の中でどのようにつながっているんですか?
 私は音楽をつくって、イラストも描いています。また、短編映画を撮って最近では教えることもはじめました。最初はドローイングでした。それから曲をつくるようになり、さらに短い映像を撮っているうち、ひょんなことから人に教えるようになりました。
 絵を描くときに使うのは手と頭だけ、それは落ち着いた作業です。私が使うのは主に紙とペンとクレヨンです。コンピュータを使うこともあります。広いスペースは要りません。
 音楽をつくるときに使うのは頭と手と身体です。踊りながらつくることもあります。音楽をつくるにはひと部屋必要です。
 映画をつくるときに必要なのは身体全体と頭です。シナリオが完成したら、作業を進めるためにたくさんの人と会わなければなりません。行動範囲が大きく広がります。
 教えることはそれらとまったく異なっていて、クリエイティブなことでも生産的なことでもありませんが、コミュニティーになにかを「還元する」感覚をもたらしてくれます。
 教えることは別として、私にとってこれらの行為は「世界」をつくるためのものです。イラスト、音楽、映画を通して、私は自分が経験した世界を自分の解釈で再創造しました。本質的にはすべての目標は同じです。それぞれで自分の心をわざわざ分けることはしません。ただ、それぞれの活動をうまくやるために限られた時間を分けることはあります。
 自分の精力をもっとも注ぐのは映画づくりです。映画がいちばんわかりやすく自分が再創造した世界を人に見せられるフォーマットだからです。ほかの観客と隣り合わせに座って結果を楽しめる点も気に入っています。人前で音楽を演奏するとき私が魅了される点のひとつは、自分が観客のひとりとなって自分のライブを経験できないことです。
 絵を描き音楽をつくってきたことは、映画をつくる際にも大切な経験となりました。プリプロダクション、アートワークやストーリーボード、正しいアングル、正しい音響と色調、素敵なグラフィックをつくるとき、絵や音楽の経験は大いに役立ちます。それに自分の曲を自分の映画に使うこともできます。
 でも、すぐに気持ちを楽にしてくれたのは作曲でした。これら3つの活動のひとつをあきらめなければならなくなったら、まず絵をやめるでしょうね。手首に悪いので。

あなたの歌詞にはエキセントリックなところがありますね。ああいうインスピレーションはどこから湧き上がるんですか?
 夜、眠れないとき、私はベッドに寝転んで自分に話しかけます。ギターを手にとって、自分と話しながら適当なコードを鳴らします。何度も繰り返していると曲になり、散り散りの言葉が詩になります。
 多分、自分の人生にとっていちばん重要なテーマのふたつは人間関係と死です。どうしてうまく人間関係を築けないのか? 私はいつ死んでしまうのか? 答えが見つからないふたつの疑問です。特定の友達について考える曲もあります。本から得たインスピレーションをもとにした曲もあります。「ハハハ」はカート・ヴォネガットの『猫のゆりかご』から、「ヨンヨンスン」は同じヴォネガットの『スローターハウス5』にインスパイアされました。

アルバム『ヨンヨンスン』制作の苦労について教えてもらえますか?
 私が音楽をつくるのは自分の精神的な難しさを和らげるためでした。だから音楽を仕事と感じたことはありませんし、仕事として考えたこともありません。
 私が曲を録音し始めたのは、自分がつくった曲を忘れないようにするためで、自分以外の幅広い人に聞かれることになるとは予想もしていませんでした。2008年以来ずっと同じ方法で録音しているのもそういうことです。
 私は2006年製のMacBookを使っていて、そのPCには内蔵マイクとGarageBand(編注:簡易な音楽制作ソフトウェア)がついていました。他の録音方法は何も知りません。ソモイム・レコーズとの初めてのミーティングで、彼らはこの録音方法のせいで私の音楽がオリジナルなものになったんだろうと思ったようです。だから彼らは新しくきれいに録り直すことを許してくれませんでした。
 正直、私には未だにプロ意識がありません。たぶん将来的にこれが障害になるでしょう。『ヨンヨンスン』をリリースしてから少しプレッシャーを感じるようになりました。最低限の練習もしていないし、何をするべきか考え込むようになりました。そして、そうやって考えること自体がストレスになってしまいました。

『ヨンヨンスン』の収録曲は新しいものでも2年前には書かれたものですが、今後のリリース予定はありますか?
 2008年から私は20曲ほどつくりました。ソモイム・レコーズの(キム・)ギョンモに曲を選んでもらって『ヨンヨンスン』ができました。曲順も彼が決めました。彼には厳格なルールがあって、全部が違う感じの曲なのもそのせいでしょう。また、最近録音した曲はこのアルバムには入っていません。彼はきっと初期の曲をまとめたかったのだろうと思います。アルバムに入りそうだなと思った最近の曲もありましたが、結局、採用されませんでした。
 私たちはまだ次のアルバムのことは話し合っていません。これからどうなるのかもわかりません。『ヨンヨンスン』に入っていなくてもライブで歌っている曲もあるし、いつか出したい曲もあります。どうにかして出せればよいのですが。
 さっき伝えたような方法で、私はまだ曲をつくっています。歳をとるにつれて歌詞も悲しいものが増えてきました。だから「緑茶ください」のようなウキウキした曲はもうつくれないのではないかと心配しています。