2013/12/26

アーリントン・デ・ディオニソ:ドローイング作品展


 12月13日にインドネシアからやってきて、すかさず翌日〜翌々日を立川ギャラリー・セプチマで24時間ドローイング・パフォーマンスになだれ込み(といってもぶっ続けじゃなくて1日12時間を2セット)、その2日目には描き上げた40枚の大小色とりどりの作品を壁一面に展示した後、そのまま共演にnan!ka?(マコハセガワ+シバタ)、一樂誉志幸さん、さらにアクロン/ファミリーのマイルス・クーパー・シートンを迎えたライブ・イベントで観客一同ア然、そして翌16日(月)は八丁堀の七針で石橋英子さん山本達久さん、猛者ふたりを迎えて火を吹くようなセッションを敢行し……。

 さらに17日(火)の千秋楽、幡ヶ谷のフォレストリミットでは学友であるジェフ・フッチィロ、ジェイソン・ファンクのバンド、HELLLにバスクラリネット片手に乱入、ASUNAくんと歴史的なブロウ合戦を。そのまま柳家小春さんとAmephone's attc! 時空つなぎのコラボレーションに最前列で目を丸くし、先述したアクロン/ファミリーのサポートで来日していたM. ゲディス・ゲングラス(通称カトちゃん)、さらにDJコンピューマこと松永耕一さんの素晴らし過ぎるミックスからバトンを受けた大トリをスロート・シンギングで会場躯体ごとビリビリ震えさせ、脱着自在の塩ビ管にリードを装着して一大ブロウ、さらに得意のバスクラリネットでもういっちょブロウ、最後に高速リズムの口琴+喉音で拍手喝采大団円だった日本滞在から1週間、彼の身体は既にワシントン州オリンピアへとワープしましたが、上記のドローイング・パフォーマンスからの作品15点があらためて展示されることになりました。

 会場は西荻窪にある COFFEE & EAT INN toki、その中にある「分室」というギャラリーです。こちらフランスの映像作家、ヴィンセント・ムーンとの縁もある場所でして、そういえばアーリントン・デ・ディオニソが現在やっているバンド、マライカ・ダン・シンガもヴィンセント・ムーンの「Take Away Show」で取り上げられているし、これまた偶然というか必然というか。しかも、結びつけてくれたのがアメフォンさんだったりするのが、なんともはや!



というわけで、アーリントンのドローイング作品の展示・販売はもちろん、スウィート・ドリームス・プレスでこれまで発表してきた本やCD、レコードなどもショップ・コーナーをつくって販売していただけるとのことですので、お近くの方に限らずぜひいらっしゃってくださいませ。お待ちしてます!

アーリントン・デ・ディオニソ:ドローイング作品展
西荻窪 ギャラリー分室COFFEE & EAT INN toki
東京都杉並区西荻北3-18-10-2F
会期:2014年1月4日(土)〜15日(水)20日(月)*会期延長しました!
時間:19:00〜24:00(平日)/17:00〜24:00(土日祝)
定休日:火曜日
*要オーダー

2013/12/19

Asuna - Butterflies


アーティスト:Asuna(アスナ)
タイトル:Butterflies
カタログ番号:SD07-002
発売日:2014年1月15日
カタログ番号:SD07-002
フォーマット:7インチ・アナログ・レコード(33回転)
収録曲数:10曲
パッケージ:横入れ厚紙ジャケット+1枚1枚に2013年冬のヨーロッパ・ツアーのお土産を封入
アートワーク:安野光雅
デザイン:Asuna

定価:¥1,200+税
ご購入はこちらから
*ご予約受付中! なお、この商品は数に限りがございますので売り切れの際はご容赦ください。ご予約をご希望の方は、上のPayPalボタンで代金をお支払いいただくか、「info.sweetdreams@gmail.com」までお名前・ご住所・電話番号・ご希望商品の枚数をお知らせください。折り返しスウィート・ドリームス・プレスから送金方法をお知らせいたします。


ガジェットと環境音を手がかりに音世界を探知する
電子音楽家、Asunaの記憶をたどる10の小さなピース

 魔法陣よろしくさまざまなオブジェ——ゼンマイ仕掛けの玩具、カシオトーン、サンプラー、マイクロフォン、クラッカー、エフェクター、鈴や笛——を円形に配してアマルガムに丸め、そこから徐々にビートやドローンをつまみあげて笛ガム手渡しクラッカーでパンッ!と催眠術を解く。かと思えば実験室の敏腕助手さながらにリードを開放した電気オルガンの脇で時計を見つめドローンを調整する知性。また、100台のカシオトーンを一台一台並べては音を重ね、並べ終わったところでまた一台一台電源を切って無音へと進むオートリバースのパフォーマンス、さらにボディ裏にスリントのステッカーが貼ってあるフェンダー・ジャガーのピックアップ切り替えスイッチを細かく入切して音を点滅させる点描音楽家としての姿……。

 ほかにもアヴァン・ロック・バンド、HELLLの一員として、また、近年ではGofishトリオへの客演、シバタ(ボルゾイ)とのデュオ(SHIBATA & ASUNA)、佐藤実沖啓介とのValve/Membrance等々、数多いコラボレーション・ワークだけでなく、その合間を縫って来日アーティストたちのライブ・ブッキングにも奮闘する。さらにカシオトーン・コンピレーション・シリーズやミディアム・ネックス加藤りま等をリリースするレーベル、ao to ao/W.F.T.TAPESを運営する八面六臂の電子音楽家。

 デビュー10周年というアニバーサリーとなった本年は、名作『Each Organ』のリイシューから始まって、5年ぶりの新作『相原1825、シティハイム桐B-207』リリース、さらにかねてより親交の深い畠山地平のレーベル、ホワイト・パディ・マウンテンからの新作も控えているという今までにないリリース・ラッシュ、その中にあって本作「Butterflies」は名作『Flowers』の意匠を受け継ぐ愛すべき小品と言えるでしょうか。

 1981年以降、Asunaが聴いた音の断片を追想/追走する小さな小さな記憶の玉、この珠玉の10ピースはしかし、彼の感性や美意識をもっともよく表しているかもしれません。宙に舞う10羽のシジミ蝶、きっとあなたのどこかに止まるでしょう。

Tracks

Side A
1. Don't Dance Yet
2. Asuna Step
3. Tuning March
4. Playgroundtrot
5. Penguin Beats
6. Nap Tempo

Side B
1. After Years
2. Rooftop Lunch Break
3. Waiting for Call
4. White Butterfly

2013/12/18

松井一平個展:みちのわすれかた


昨年からいろいろな町のいろいろな会場でいろいろな絵を壁にかけてきた松井一平(TEASI、わすれろ草)の2013年最後の展示が決まりました。道をわすれてたどり着いた先で見えるもの、見えたもの。風景のような絵、絵のような風景。景色を見ながら景色に見られているかもしれない、そんな気さえする不思議な絵を今年最後の思い出のひとつとしてぜひ。覚えるばかりが能じゃないもんね。忘れることの大切さが見つかるかもしれません。

松井一平個展『みちのわすれかた』
2013年12月25日(水)〜29日(日)
*会期中無休
会場:西荻窪 FALL(03-5856-0522)
東京都杉並区西荻北3-18-10-#102
時間:12:00pm〜8:00pm

2013/12/05

Tara Jane O'Neil - Where Shine New Lights


アーティスト:タラ・ジェイン・オニール(Tara Jane O'Neil)
タイトル:ウェア・シャイン・ニュー・ライツ(Where Shine New Lights)
カタログ番号:SDCD-017
発売日:2014年1月20日
収録曲数:15曲(日本盤ボーナストラック3曲)
パッケージ:A式紙ジャケット(シングル)
アートワーク:タラ・ジェイン・オニール
ライナーノーツ:西山敦子、福田教雄
歌詞対訳:西山敦子

定価:¥2,000+税
ご購入はこちらから

*本サイトからご予約・ご注文の方には先着で未発表曲を収録した特製CD-EPを特典としておつけします! 内容は後日発表、収録曲数は7〜8曲、印刷したジャケット付きでスリムケースに納めたものになる予定です。お楽しみに!


また、以下に関連アイテムとのお得なセットも用意しました。この機会にぜひご利用ください。もちろんどのセットにも先着で特製CD-EPをおつけします。

TJO A Set:『Where Shine New Lights』+『タラとニカ』CD
新作アルバムと2011年に発表した二階堂和美との共作アルバムとのセットとなります。

定価:3,800円+税
通常価格2,100円(Where Shine New Lights)+2,100円(タラとニカ)の5%OFF!
ご購入はこちらから 
TJO B Set:『Where Shine New Lights』+『Tracer』CDEP
新作アルバムとmapから2005年に発表した来日記念盤(楽曲とビデオを各3曲ずつ収録)とのセットとなります。CDEPは残部僅少ですのでお早めに。

定価:2,800円+税
通常価格2,100円(Where Shine New Lights)+1,470円(Tracer)の18%OFF!
ご購入はこちらから
TJO C Set:『Where Shine New Lights』+『Who Takes A Feather』(画集+CD)
新作アルバムとmapから発行した3インチCD付き画集とのセットとなります。画集の付属CDには3曲、本文は96ページでタラ・ジェイン・オニールのドローイングやペインティング等を掲載しています。画集は残部僅少ですのでお早めに。

定価:3,800円+税Sorry Sold Out!!
通常価格2,100円(Where Shine New Lights)+2,520円(Who Takes A Feather)の14%OFF!

TJO D Set:『Where Shine New Lights』+『勇猛果敢なアイダのものがたり』(書籍+CD)
新作アルバムとタラ・ジェイン・オニールのインタビュー記事も掲載されているアイダの来日記念書籍+CDとのセット。書籍は上製で本文166ページ、付属CDには全11曲を収録しています。

定価:3,800円+税
通常価格2,100円(Where Shine New Lights)+2,520円(勇猛果敢なアイダのものがたり)の14%OFF!
ご購入はこちらから


淡く優しく乳白色に透き通る傑作アンビエント/フォーク
悲しみの向こうで新しい光に包まれるTJO最新作

「慈愛に満ちた」というような表現すら似つかわしく……、タラ・ジェイン・オニールの最新作はまるで菩薩のようにいつくしみに満ちたアンビエント/フォーク作品となりました。伝説的なポスト・ハードコア・バンド出身の孤独な女性SSW、彼女のパブリック・イメージは本作で修正を余儀なくされるかもしれません。もちろんトレードマークともいえる吐く息の白さのような親密さ、嘘のなさ、迷宮のようなギター/音響加工は健在ですが、しかし、本作で彼女が明らかに新しいステージに立ったことは音の端々から聴いてとれるはずです。癒しの音楽から癒すことそのものの音楽へ、生き残る音楽から生き残ることそのものについての音楽へ、変る音楽から変ることそのものの音楽へ、彼女の視線は大きく、そして強く研ぎすまされました。

 先述した伝説的バンド、彼女が在籍したロダンのメンバーのふたり——ジェイソン・ノーブルとジョン・クック——を立て続けに失くしたこと、またオレゴン州ポートランドからカリフォルニア州ロスアンジェルスへ引っ越したこと、そういった自身のプライベートの変化も本作にまつわるトピックのひとつかもしれませんが、しかし、それよりもさまざまの経験をとおして彼女の錬金術がこうしてまた傑作を生み出し得たことをこそ私たちは驚嘆すべきでしょう。

 受け入れること、歩みを止めないこと、涙を流すこと、ほほ笑むこと。タラ・ジェイン・オニールは新しい光がともる場所へと到達しました。彼女とその仲間たち——ティム・バーンズアイダエリザベス・ミッチェル、ダン・リトルトン、アイダ・パールジュリア・ホルター作品に参加するコリー・フォーゲル、ウォーレン・デフィーヴァー(ヒズ・ネーム・イズ・アライヴ)——の松明に導かれ、聴く者も共に闇の中歩を進めていく。それがこの『ウェア・シャイン・ニュー・ライツ』なのです。

Tracks:
1. Welcome
2. Wordless in Woods
3. This Morning Glory
4. Over. Round, In a Room. Found.
5. Glow Now
6. The Lull the Going
7. Elemental Finding
8. All Now Vibe
9. The Signal, Wind
10. The Signal, Lift
11. Bellow Below as Above
12. New Lights for a Sky
13. Signal Anthem
14. Kelley Point

2013/12/04

Interview with Arrington de Dionyso


 来週インドネシアから日本にやってきちゃうアーリントン・デ・ディオニソですが、タイニー・ミックス・テープという人気音楽情報サイトにとても充実したロング・インタビューが掲載されています(こちら)。実はまだ全部読み切れてないのですが、その冒頭だけでもなかなか面白いものだったので、つたなくはありますが下に訳出してみました。インタビュアーはベンジャミン・パーソンさん、この記事は1年半に及ぶ取材期間の中、ときに対面で、ときに電話を通して、またあるときはメールで積み重ねたアーリントンとのやり取りを再構成したもののようです。

 アーリントンが最初にインドネシアに渡ったのは2011年のこと、その渡航費用はキックスターターを通じて集められ、彼の地で録りためた多くの楽曲を彼は自身のバンドキャンプで次々に発表してきました。その後、キックスターターのキャンペーンはもう一度成功し、そうして今また彼はインドネシアに滞在しているわけです。現地ミュージシャンたちとの演奏会や録音、ワークショップの模様の一端は今でも彼のFacebookTwitterを通じて紹介されていますが、その最初の最初、インドネシアに対する興味の芽生えや「エキゾチシズム」についての考えがうかがえる部分をどうぞ。

 そして、少しでも興味を持っていただけましたらば、ぜひ彼の24時間ドローイング・パフォーマンスや東京での3公演のどれか(もしくは幾つか、なんなら全部!)にいらっしゃっていただければ幸いです(詳しくは下のふたつのエントリーをご覧ください)。きっと、なんだかちょっとおかしなもの、えらく風変わりな音楽を聴くことができるんじゃないかなと思います。それに、みんなであっけにとられるのも楽しいものですよ、っと。



さて、最近見たライブでは、あなたやほかのバンドメイトがなにか飲んでましたけど、あのガラス瓶の中には何が入ってたんですか?
ガラス瓶? あーうんうん。ええと、ミステリーにしとくのも面白そうだけど、あれは完全に合法の、生協とか健康食品店で売ってるチンキ(訳注:生薬やハーブをつけ込んだ液状の薬品)なんだ。スタミナ補助薬だね。自分たちのパフォーマンスをワイルドでファンキーにしてくれるんだ。それに前立腺にも効くらしい。

ワ、それはいいですね。
男だもんね。自分のものは自分で守らなきゃ。

そうですよね。歳とりますもん。
うん、日々歳とっていくよね、ああ。

ところで、インドネシアに興味を持ったきっかけは?
若いころから僕には見つけられる限り一番謎めいてて誰も知らないような土地土地の音楽にのめりこんじゃう傾向があってね。それが図書館の「エスニック」のコーナーにあるような音楽だったんだ。と同時に10代のころはDIYパンク・シーンに関わってた。週末になるとパンクのライブに行って、平日の放課後には図書館に行ってマリやモロッコ、遠く異国の音楽に耳を傾けていたんだ。特にインドネシアは、1989年かそこらに家族の友達のひとりがアーティスト・イン・レジデンス(編注:アーティストを一定期間招いて、その土地に滞在しながら作品制作をさせる事業のこと)でバリとジャワ島に行ったことがあってね。その人、俺が「エキゾチック」な音楽に目がないことを知ってたから、ジャイポンガン音楽のカセットをお土産にくれたんだ。そのジャイポンガン音楽をひとことで説明するのは難儀だけど、要は国の後押しを受けて生まれた都市部のハイブリッド音楽でね。60年代初頭に電波に乗って普及したアメリカやイギリスのロックンロールにつきものの堕落から若者を引き離そうっていう名目で西洋の影響のないダンサブルなポップ音楽がつくられたんだ。遺伝子操作音楽とも言えるかもね。でも、ジャイポンガンには信じられないぐらい複雑なリズムがあって、不意にビートが変化したり、ケンダン(インドネシアの打楽器)の演奏者の職人技の速打ちがアクセントをつけたりしてて、いくら混沌としても、巨大なドゥグンの低音でかっちりとサイクルが決められているんだよね。

で、僕はこのカセットの音楽に恋しちゃったんだよ。

その1年ぐらいあとに母が仕事の関係でカリブに行って、そのときカセットを持ち帰ってきたんだけど、それが僕にとって初めてのダンスホールだったんだ。僕はこのカセットの音楽にも恋しちゃってね。それは路上のワゴンで売っていたミックステープでアーティストの名前の記載もなく、ただ「レゲエ・コンフュージョン」とだけ書かれてた。このテープの音楽もまったくインドネシアのと同じくワイルドで想像を超えるものだったんだ。しわがれた、ほとんどマンガみたいな声、コンピュータライズされた奇妙なサウンド・エフェクト、クレイジーなビート。明らかに世界は違えど、どちらのカセットも13歳か14歳の自分にMTVやマスメディアはもちろん、僕を開眼させたエッジーなパンク・サブカルチャーさえ超えるもうひとつの音楽世界があるということの証拠を突きつけてくれたんだ。これは僕にとってすごい発見だった。そして図書館で見つけたレコードのコレクションから近い国のものも遠い国のものも世界中の音楽をむさぼるように聴いてね。ストラヴィンスキーからオーネット・コールマン、ウガンダからナバホまでエキゾチックなものは何でもなじみになった。今や「エキゾチック」だなんて「充填された語(編注:意識的/無意識的に聴き手の印象を操作しようとする言葉)」のひとつだよね。あまりにも極端に入り組んでいる僕個人の考えを表明せずとも、僕の「エキゾチック」な音楽への興味は人種差別的な帝国主義のひとつの現われであって、非西洋の人々の他者性を支配する方法のひとつだなんて素早く攻撃してくるような、そういった人たちがどこにでも、特に僕が住んでるリベラルな大学町みたいな場所にいるんだよね。僕自身、人類学博物館みたいに「フォーク・チューン」なんてカタログ分けをすることで理解できることがあるなんてこれっぽっちも思ってないのにさ。90年代中頃のどこかで「文化的流用(編注:輸入文化を自国の文化に合うように変形して受容すること)」への闇雲な非難がひどく侮辱的なものになったように感じるね。少なくともこのオリンピアでは。



人間は音楽をつくる、人間はみんな音楽をつくってる。科学技術の進歩から、世界のどこの地域の誰でも、他の地域のどんな音楽でも聴くことができるようになった。これは西洋の植民地的独占のような話じゃなくて、インドネシアでは誰もがmp3とファイルシェアリングで音楽を再生してるんだ。


そういう非難によって暗示されたあまりにもイージーな棄却には抵抗できればと思ってる。「エキゾチック」への嗜好とか興味は畏れに向き合うこと、オープンになることでもあるし、世界中の人とその歴史が音を通した自分たちの表現行為の中に見つけてきたすばらしい多様性を抱えた魅力そのものなんだ。ひとつのオクターブ、ひとつの尺度、ひとつのリズムをスライスする方法なんてひとつじゃないってことを発見したことは驚嘆だった。チューニングの方式なんて世界中に何百と違うものがあるし、中にはピアノのような西洋楽器だとうまく演奏できないようなものだってあるんだ。だからといって「西洋」よりも「非西洋」のほうが偉いって思ってるわけじゃないよ。個人的にはこういう「エキゾチック」みたいな言葉ってすぐ死語になるんじゃないかなって思ってるしね。僕は単に興味があるだけなんだ。広大でまだ探検されていない音楽にまつわる人間の可能性をね。そして自分のことをなにか伝えたいときに音楽的表現を使ってその人が選んだものにね。僕はサンプリングには興味がなくてさ。こちらから少し、あちらからちょっとみたいなのはね。そうやってつくったものって大体退屈で口先だけなものになりがちだから。エスノ・キッチュの最小公倍数みたいなものにね。僕の興味はむしろ、ある種のサウンドの集まり方への魅惑から始まっていると思いたい。喉音唱法とかダンスホールのリズムとか、ポスト・パンクのビーフハート風ギターとか唸るようなバスクラリネットの音とか、それとインドネシアのスケールみたいなものの合体はこうして生まれたんだ。しかも、単にその魅力に抗えなくてそうしただけじゃなくて、僕が今生きている時間や場所に関わらず世界に対して言わなければならないものを音楽的に伝える方法としてうまく作用してる。



僕の道のりはどうしようもなく回り道だった。インドネシアの重要な文化や音楽は特にこれひとつというものではなかったからね。すべてのものが相互につながっているんだ。実際は図書館でレコードを聴いたこととか、民族音楽学とパフォーマンス・アートの授業を大学で取ったこと、実験的な即興をはじめようとしたこと、世界をツアーして回るエッジーなアート・ロック・バンドをはじめたことが自分が10代のときに起こったことなんだ。大学時代には一時期小さなガムラン・アンサンブルのメンバーだったこともある。あと、インドネシアに何年も派遣されて現地の言葉にも精通していた元キリスト教伝道者としての秘められた生活から抜け出した女性とデートしたこともね。彼女とつながろうとして独学でインドネシア語を勉強し始めて、少なくとも最初のころはね。インドネシア語で歌を歌うようになったマライカ・ダン・シンガはそれからのことなんだ。ある意味、自分にとっては何かの挑戦だった。オールド・タイム・レリジャンはそのころあまり活動してなかったし、僕は何と言うかあのバンドから遠ざかれるものを必要としていたんだ。自分がもっとも評価していて、かつもっと集中できるよう蒸留した要素を集めながらね。でも、プロジェクトとしてのマライカ・ダン・シンガの発展過程では、人間界にあるひとりの人間への「特別な結びつき」も、広くて目に見えない世界に結びつきたいと膨らんだ衝動のおかげであったりしてね。かろうじて話せた言語を新たに習得して唄うことで未知の王国にたどり着けたんだ! マライカ・ダン・シンガはオールド・タイム・レリジャンのチンキみたいに思うよ。オールド・タイム・レリジャンの魂を蒸留したものなんだ。オールド・タイム・レリジャンのウォッカだね。どちらのバンドも繰り返しのループが多いし、生演奏のグルーヴがあって聴く者をトランスに誘う音楽だけど、マライカは少し外世界へ向けて進めた感じなんだ。


インドネシアの音楽はすごく多様でね。インドネシア国内だけで何千という異なった民族集団がいて、そのすべてが違った伝統を持っているんだ。とても古い、高度に進化した伝統音楽もあるけど、同時にこういったトランス音楽のアンダーグラウンド・シーンやさまざまな意識状態の探求を伴うスピリチュアルなサウンドもある。こういうものにとても興味をそそられるんだ。世界中どこでもみんなが日々の現実を超えるため、知覚や意識の他の領域を探求するためにサウンドを使っているけど、その方法にね。インドネシアで重要なのはこういうことなんだ。

伝統音楽を糧にして、信じられないぐらい斬新な実験音楽や現代音楽をやっている人もインドネシアにはいるしね。ジャズに基づいたフリー・ジャズ即興があるように、エレクトロニクスを使ったインプロヴィゼーションをしたり、ガムランの楽器や自作した竹製の楽器で実験する人たちもいるし、エレクトロニクスとエフェクトでやる人、サウンドを実験的に加工する人も増えてる。大きなシーンはないけど、西洋文化を全面的に受け入れているわけでもなければ、変化しようとしない自国の伝統に足を取られたりせず、現代のインドネシアのアイデンティティを見つけようと努力している若者もいる。そのほとんどはジョグジャカルタだけでなくジャカルタやマランにいるけど、若干はバリにもいて、こういう現代のアーティストたちの間では交流があるし、バンドンにはもちろん、とても大きくて重要なデスメタル・シーンがあるね。とても現代的なデス・メタル、彼ら自身もデス・メタルとは呼んでいるけど、僕が聴いたものはジャンルとしてのデス・メタルと聞いて想像するものとはかけ離れたものだった。むしろリタジー(ブルックリンのブラック・メタル・バンド)みたいな。完全にインドネシア独自のバージョンになったリタジーみたいなんだ。インドネシアの伝統楽器を使ったり、インドネシアの神話からテーマをとってきたりしてるんだよ。