2012/09/03

秋の空のとてもいいこと


 東京は久しぶりの雨の日が2日続き、そのあとにすっかり当たり前のような顔で秋がやってきました。またこれから暑い日もあるのでしょうが、そこはそれ、秋の空です。

 さて、スウィート・ドリームス・プレスは10月15日にGofishのアルバム『とてもいいこと』をリリースします。このアルバムの音をショウタくんにもらって聴きはじめたのが6月だったので、ことしの夏は丸ごとこの『とてもいいこと』を聴いて過ごしました。その間に自宅/事務所を引っ越して新しい町にやってきたのですが(といっても隣の駅だけど)、今までよりも少し町中の部屋を借りたせいで朝起きて聞こえてくる窓外の音も聞き慣れず、実はいまだに旅行先のような気持ちでいます。でも不思議と、そういう地に足がつかない状態で聴く『とてもいいこと』はとてもいいものでした。じっくりじっくりゆっくりゆっくりと体が何かになじんでいくときに、とりわけこんな音楽が近くにあったことはとても頼もしいことです。かけがえのない作品って例えばこういうふうにそうなっていくんだね、きっと。

 それでは『とてもいいこと』とはどんなアルバムか。まだ皆さんには今すべてを聴いていただけないのに、ここでくどくどと説明するのは生殺しというか、まるで意地悪をしているような気分ですが、下記に作品の紹介用に書いた文章を掲載してみます。もし、実際に作品を手に取って耳にするまで必要以上の情報は要らないという方はここまで。もし、無駄に妄想を膨らませたい酔狂な方がいらっしゃったらどうぞ先へお進みください。


Gofish - 夢の速さ by Sweet Dreams Press





毎夜「必見」のイベントにこと欠かない東京にあっては規模としてささやかなものかもしれないが、いや、だからこそ、まるで秘密のように噂が広がったライブがあった。稲田誠(ブラジル、バイクモンド他)をコントラバスに、黒田誠二郎(ゆすらご)をチェロに迎えたテライショウタ=Gofishの公演である。「聴いたことがない音楽」とその演奏を見たある人はレポートしていたが、さて、その秘密の音楽がついにアルバム『とてもいいこと』として完成した。

録音とミックスは前作に続き先述した稲田誠、ほかにも山本達久(ドラムス)とasuna(オルガン)も参加し、定評あるギターの弾き語りから噂を呼ぶウィズ・ストリングス曲も収録。幕開けからコントラバスとチェロ、アコースティック・ギターと歌声でトリオの到来が幾分軽快に告げられるが、どこかジミー・ジュフリーのマイナスの美学に通じるような、大風呂敷を広げず、その代わり見たこともない風呂敷を懐から取り出す謙虚な愛嬌もそこにある。さらに「夢の速さ」「とてもいいこと」に散りばめられた重なる歌声や、「滑走路」「明滅」といった曲での語りかけるような歌い口もまた、本作でテライショウタが手にした「とてもいいこと」のふたつだろう。

とはいえ、アルバムのピークのひとつは「ふたつの月」でやってくる。NICE VIEWでのテライショウタの姿が反転して重なる深い深いロングブレスやドローンはGofish史上最強の深度。しかし、息ができなくなり、気が遠くなる刹那、続くタイトル曲「とてもいいこと」が聴く者に救いの手を差しのべる。背景にある物音は生活の音だろうか。バック・トゥ・ライフ・アゲイン! そして、そこで重ねられた「ラララーラーラーラー」というコーラスは、最後の「明滅」での簡素な佇まいに受け継がれていき、ちょうど夕方いつもの帰り道を帰っていくように、もしくはまるでいつもの1日が終わるようにアルバムが終わるのだ。

丸めた背中でギターを包み、少し上を見つめて溜めた息に歌を込めるテライショウタ、そのライブの様子を遠目に見ればレイドバックした風体に見えなくもないが、しかし、決して聴く者をリラックスさせない張り詰めた何か、簡単に言葉に回収できない何か……。そういった「何か」はやはりこの作品にもあるけれど、しかし、その残像にはいつもより身近なぬくもりが感じられよう。

それは優美な室内楽風アレンジとの対照から、テライショウタの歌世界の手触り、生々しさ、柔らかさ、怖さ、底知れなさがこれまで以上に強く匂い立つからかもしれない。だとしても、例えば古今東西いくつもリリースされてきた「ウィズ・ストリングスもの」でもなく、パストラルなプログレッシブ・ロック風でもなく、ジョニ・ミッチェルの『夏草の誘い』でもなく……、少なくともこんな風なシンガー・ソングライター・アルバムはGofishトリオの頭の中以外、多分どこにもなかったのではないだろうか。

もちろん、それは一朝一夕につくられたものではない。2004年の『Songs For A Leap Year』、2009年の『あたまのうえ』、以上2枚の既発アルバムの試行錯誤(『あたまのうえ』収録曲「夏の粒子」の田園風アレンジを思い出してみよう)があってこそ、また、並行して活動するNICE VIEWのボーカリスト/ギタリストとしての道程を踏まえてこそ到達した新境地、桃源郷であることは間違いない。

行く道を行き、帰り道を帰る。しかしその道筋は他の誰の者でもないテライショウタによるテライショウタの音楽。嘘のような本当の音楽が、しかし、いつもと変わらない風情できょとんと生まれ、立っている。『とてもいいこと』は、つまり、浮き世と浮き世離れに橋を架ける、そんなアルバムなのです。