2011/08/19

タラ・ジェイン・オニール&二階堂和美のUSツアー2011、無事に終了しました。

シアトル(8月1日)~オリンピア(8月2日)~ポートランド(8月4日&8日)~サンフランシスコ(8月6日)、アメリカ太平洋岸北西部~西部を巡る4都市5公演のタラ・ジェイン・オニール&二階堂和美のUSツアー2011、各地とも盛況のうちに終了いたしました。ツアー中に何かしらの経過報告をしますなんて下のエントリーで書いたものの、なかなか自分の時間が見つからなかったり、楽しすぎてそれどころじゃなかったりして何もできず(福田個人のFacebookで少しずつ写真はアップしていましたが……こちら)、どうも失礼しました。ここで、そのツアーの一端を写真で紹介してみようと思います。


まずは7月31日(日)成田発ポートランド国際空港着の直行便、デルタ航空618便で朝にアメリカ入り。オレゴンの濃い緑が眼下に広がります。空港ではタラが愛車のバーブ(バーバラの略)と一緒に待ち受けていました。やあやあ、ついに来たよーっ!


おー、よく来たわね! 挨拶もそこそこに、そのまま元エクスプロード・イントゥ・カラーズのリサと映像作家のジュリーさんの3人でシェアしている北ポートランドのタラの家に荷物を降ろして……。


そのまま休む間もなく「オラァッ! 朝飯行くぞっ!」とタラがニヤリ。見知らぬ町を2台の自転車が飛ばしていきます。早く早く、私についておいで!


10分ほど漕ぐとタラの友達、映像作家でポートランド・シーン守護神のひとりでもあるヴァネッサ・レンウィックさんのお家に。中に入ると次の日にシアトルで共演する予定のチェロ奏者、ロリ・ゴールドストン(現アース、ニルヴァーナへの客演でも有名)一家もいます。ちなみに彼女の夫、カイル・ハンソンもミュージシャンでブラック・キャット・オーケストラのメンバー。みんなでヴァネッサ手製のブルーベリー入りパンケーキを美味しくいただきます。


ご飯を食べ終わって一時帰宅、タラが用意してくれた地下室の一室でお昼寝タイム。ここが当分ポートランドでの我が家となります。お休みなさい。グー。


が、それもつかの間「いつまで寝とんじゃ、ボケっ!」とたたき起こされ、近所のパーティーに引きずっていかれます。タラの2008年の来日ツアーに同行していたジェフ・ソール(元ファック、現サッド・ホース)もバドワイザーの6パック背負って登場。写真のバックヤードの隣のガレージではバンドも演奏していて、エボリューショナリー・ジャズ・バンドのマイケル・ヘンリクソンがドラムを叩いていました。ジェフ・ソールとサッド・ホースをやってるエリザベス・ベナブルともついに対面。みんなで次のパーティーへと自転車でハシゴします(次のパーティーは釣りをテーマにしたジンをつくってる女性が主催。焚き火をしてお芝居をしていた)。その後、帰ってポーチ・パーティーでもしようぜと誰からともなく。もう9時にはなっていたけど、まだ空は薄明るく、こうして初日は賑やかに終わったのでした。


8月1日、今日からツアーが始まります。朝10時に荷物をまとめて出発進行~! が、いきなりタラがケガ。血を見て盛り上がりつつ一路シアトルへ。「にかさや」でのフェスティバル出演でカナダはバンクーバーにいるニカさんもアムトラックでシアトルに向かっているはず。待ち合わせの駅を間違えたりもしつつ、4時に無事合流。抱き合うタラとニカ。やあやあ、よかったよかった。ヴァネッサの家で会ったカイル・ハンソンも息子を連れて来てくれ、ライヴまでの時間を使ってシアトルのレタープレス・ショップや巨大スリフト・ストアを案内してくれました。その後、エチオピア料理で腹ごしらえ。なんとタッチ&ゴーのオーナー、コーリー・ラスクもやってきました。ワオ!


初日のライヴ会場は20/20サイクル、名前からも分かるとおり自転車屋さんです(笑)。後から聞いたところによるとキャルヴィン・ジョンソンも、ここで愛用の自転車を組み立ててもらったのだとか。よくライヴもやっているようで、店内には簡単なPAとステージも組まれています。入り口に物販テーブルも用意して……。


出演者のマウント・イアリことフィル・エルブラムも到着してニカさんと固くハグ。ニカさんの2003年のアメリカ・ツアーを一緒に回ったのがフィルその人でした。8年経って、お互いにまたアメリカでステージを共にするとは。この日はニカさんにとって感慨深いものがあったのでしょう。マウント・イアリの演奏が始まった途端、フロアから漏れてきたすすり泣く声。それはニカさんの声でした。


とはいえ、ダニー・ササキ(元オールド・ハウンツ、現セダン)をパーカッションに迎えたタラ&ニカのステージでは店内を飛び出て走り回ったりして大はしゃぎ。お客さんを大いに沸かせます。ワーイ!


月曜日にもかかわらず満員のお客さんで無事終了。この日はロリ&カイル夫妻の家にみんなで泊めさせてもらいます。フィル・エルブラムは昔を懐かしみたいということで、あえて近くに停めた自分のトラックの中で寝るのだとのこと。寝酒代わりに、ロリ秘蔵のヨーロッパの変なリキュールをみんなで酌み交わします。裏庭にニワトリが数羽、ひよこが一羽、カイルが救ったという翼の折れたカラスもいる素敵なお宅でした。お休みなさ~い!


8月2日はロリの家でカイルがつくってくれるパンケーキを朝ごはんに、お昼は近所に出かけてタイ料理を食べてシアトルを後に、車で3時間かけてオリンピアにやってきました。タラの友達が働いている古着屋さんを覗いてブラブラしていると以前Kレコーズのオフィスがあった建物に。今はビールの倉庫になっているようで、トラックが出入りできるよう壁に大きな穴を空けていました。ニカさんのボックス・セット『Nikaido Kazumi US Tour 2003』のカバーでニカさんが寝ていた場所が、この建物の(今は取り払われてもうなくなっていた)2階だったようです。写真は、その大きな穴を見ているタラとフィル。


この日の会場はオリンピアの目抜き通りの端にあるノーザン。Kレコーズを実質切り盛りしているマリエラ・ルースも関わるオリンピア・オール・エイジズ・プロジェクトが運営するスペースです。残念ながら移転することになり、この場所でのイベント開催もこの週限りとのこと。会場には、Kの総帥キャルヴィン・ジョンソン、タラやレイチェル・カーンズキング・コブラをやっていたテッド・コーもいます。にしても初めて足を踏み入れたオリンピアの町、深夜になると通りに酔っ払いがうようよしていてえらい荒廃した雰囲気でした。ええい、それならばとコーが働くメキシコ料理屋でタコスをゲットし、一杯飲んでからみんなでカラオケへ。


ステージ後方に声のいいおじさんがいて、その人に歌いたい曲と自分の名前を書いたメモを渡すと「ハーイ、次は日本から来たニカが歌うよ~。お、この曲はいいね。僕も好きだよ!」とか何とか、ひとくさり紹介してくれるのでした(写真はコー)。さらに閉店時には、おじさんみずからお別れの曲を朗々と1曲。歌がうまい人もいれば、とんでもない音痴の人もいて、でも、みんなそんなこと気にせずに盛り上がって楽しい夜が更けていきます。この日の宿泊はキャルヴィン・ジョンソン宅。タラはコーの家へ行き、前日同様フィルは車に。


朝起きて、キャルヴィンが淹れてくれた緑茶をみんなで裏庭ですすっているというのも不思議なものでした。写真は「私は毎朝、松本のすし典の湯のみで日本茶を一杯飲んでいます」と誇らしげなキャルヴィン様。にしてもジーンズ、短くカットし過ぎではないかと。この後、自慢のレコード部屋で自慢のレディ・ガガのピクチャー7インチをかけてくださいました(笑)。


昼前に出発してスウィート・ドリームスの表紙や二階堂和美『ニカセトラ』カバーでおなじみの切り絵作家、ニキ・マクルーア邸をみんなで訪問。9月にポートランドの美術館で大規模な展示を控えて忙しい中でしたが、あれもこれもとお土産を(息子のフィンくんから)山ほどもらい……。その後、車で新しいアトリエ&自宅の建設現場に案内してくれました(これが海辺の最高のロケーションでビックリ!)。ニキ、日本に来たのはもう10年前なんだね。机の上に貼ってあったスケジュールは2016年ごろまでびっちりだったし、帰り際「なかなか日本に行ける余裕がなくて……」とニキさん一瞬泣きそうな顔になって、僕たち何も言えなくなってしまう……。


そして再びポートランドに。オリンピアで仕入れたレイチェル・カーンズ謹製マジック・コンブチャ(「昆布茶」というものの、アメリカでは紅茶キノコのことを指す。ちょっと酸っぱい飲料で予想以上に人気があった)を幾つかのお店にデリバリして会場のホロシンに。リハもそこそこに、タラが「ポートランドで一番古いヒッピー・パブでマイケル・ハーレーが演奏してるから行ってみない?」と。ギョエー! こんなに簡単に伝説のステージが見れるとは。8日に予定しているヴァネッサ・レンウィック宅のハウス・パーティーでもマイケル御大が歌ってくれることが決まっていたものの、こんなにあっけなく遭遇できるなんて、と、静かに盛り上がる。ちなみに今月はずっと週1回、そのローレル・サーストっていうパブで演奏してるようです。3曲しか見れませんでしたが、本当、最高でした。


リズ・ハリスライアン・フランチェスコーニドラッギング・アン・オックス・スルー・ウォータートム・グリーンウッドに、タラ&ニカのセッションでは三度ダニー・ササキが参加、さらにジェフ・ソール、リサ・ションバーグまで加えて賑やかに終演したポートランド公演(写真はドラッギング・アン・オックス・スルー・ウォーターことブライアン・マムフォード)。お客さんの中にはローラ・ギブソン、ジョアンナ・ニューサム・バンドのニール・モーガン、コリン・タッカー・バンドのセス・ロリンツィにサラ・ランド、ホワイト・レインボーのアダム・フォークナー、タラ・ジェイン・オニールの「A Vertiginous One‏」の映像(こちら)をつくったザック・マルゴリス、タラの過去2回の来日ツアーに同行したクリスティーナ・デイヴィース、最近ポートランドに引っ越してきたという元イレース・エラータのサラ・ジャフなどなど、久しぶりに会う面々の姿が続々でちと飲みすぎてしまう。


翌8月4日は移動日、この日はタラの友達の作家、アナ・ジョイ・スプリンガー(元ブラッツサイファー・イン・ザ・スノー)が夏の間だけ創作用に別荘を借りている北カリフォルニアのトリニダドへ向かう。途中、上の写真にあるスミス川や……。


タラ曰く「ツーリスト・トラップ」という国道沿いの旅行者目当ての面白スポットに停まってくれる。上の写真は木のこぶを使った家具や装飾品を売っていたタラお気に入りの場所。そして、8時ごろにトリニダドに到着、閑静な海辺の別荘地。バスルームが3つもある超豪華な建物に入ると、ほどなくして冨士眞奈美似のアナ・ジョイが小さなヨークシャー・テリア(かな?)を抱えて現われる。この人がアーロン・コメットバスの元彼女としても知られる伝説のパンクス……? 夕食は近所のファンシーなオイスター・レストランで生牡蠣、焼き牡蠣に舌鼓、家に戻って夜更けまでタラとアナ・ジョイの会話は弾んでいました。この日だけは、ちょっと特別な1日だった、かな?


8月5日はサンフランシスコへ。タラがかねてより僕らを連れていきたがっていたレッドウッズに分け入る。世界一の樹高を誇るというセコイヤの木が何本も何本も、地表はきれいなシダとコケ、クローバーに覆われた圧巻の景色に一同、声を出すのも忘れてボーっと見入る。多分、自分の重さに耐えられなくて倒れたのだろう巨大なセコイヤの根こそぎに驚愕、しばしうっとりとリフレッシュの時間。


と、さらに数時間で霧のサンフランシスコに到着、すぐに今晩のホスト、リトル・ウィングスことカイル・フィールドと合流して滅茶苦茶美味しいタコス屋さんに連れてってくれる。夜はミッション地区のエル・リオで公演。さすがニカさん、毎晩毎晩、おしゃべりに興じていたお客さんを歌だけで振り向かせ、だまらせてきたが、この日もそうだった。そして、そのことを印象に強く残した観客のだれかが、こうしてユーチューブに上げている。この日、タラは旧友の作家ミッシェル・ティー宅(チーム・キャシーのダーティーが翻訳した『ヴァレンシア・ストリート』が太田出版より発売中!)、僕とニカさんはサンセット地区のカイル・フィールド宅に分かれて投宿、帰り際に食べたピザも美味しかったな。


朝起きると、3人でマグカップを持って近くのカフェにコーヒーを。帰りに雑貨店でベーコンを買って帰り、カイルがみんなのために朝食をつくってくれる。なんて優しいヤツ……。カイルの絵を使ったTシャツがたくさんある近所のモラスクっていう日本でも人気のサーフ・ショップや、洒落たセレクト・ショップ、ジェネラル・ストアなんかを案内してくれたり……。


近くのオーシャン・ビーチなる砂浜まで連れてってくれたり、さらに、この日の夜にカイル自身が出演するベネフィット・ショーに招待してくれる。ちなみにタラはこの日、友人の結婚式に参列していた。カイルがサウンドチェックに向かう車の中でかけてくれたスティーリー・ダンの『ガウチョ』がこれまた最高。いやー、アメリカ来ちゃったね! 次の日、カイルは飛行機でポートランドに行かなきゃいけないこともあって、この夜はタラたちの泊まっているミシェル・ティー宅に僕らも移る。残念ながらミッシェル・ティー本人はメキシコに行っていて留守だった。


8月7日は移動日、この日は一気にサンフランシスコからポートランドにドライヴ予定。内陸部に入るといつものように快晴、気温もぐんぐん上がる。泳げるところ、泳げるところどこかない? というわけで途中高速を降りてシャスタ湖へ。浜では頻繁にボートを牽引した車が乗り入れ、湖水浴に完璧な環境ではなかったけどしばし身体を水に浸して泳ぐ。あー、気持ちいいな。この後、シャスタ山の麓のベトナム料理店へ。さて、頑張って残りの長距離ドライブ、頑張るぞーい!


が、ポートランドまで残り3時間というところまで来て、ハイウェイの路肩に車を停車したタラ。え、なになに? どうしたの? どうやら右前輪がパンクした様子。あらららら。電話して、近くの町まで車を引っ張ってってもらう。30分ほどしてやってきたのが、上の写真の巨大トラック。みんなで高い高い座席に乗せてもらい、えらくみんなで盛り上がる。ワーイ! 楽しいな。多少のトラブルがあってこそのツアーだ。


というわけで、この日はポートランドに帰るのを断念。カテッジ・グローブという、ウォルマートとガソリンスタンドと何軒かのファストフード店ぐらいしかない小さな町のモーテルに宿泊。意外に高い部屋代にタラがブーブー文句を言うが、一泊ぐらいなら悪くない。いやー、快適快適。が、夜中に近所の悪ガキ(?)にイタズラでドアをドンドン叩かれて一瞬ビビッた。


8月8日はニカさんのアメリカ滞在最後の日。タラはかわいそうに朝6時30分に修理工場まで行ってタイヤを交換してきてもらったそう。早めにモーテルをチェックアウトして途中ユージーンで朝食、ポートランドにお昼に到着。帰ってきたよー。ニカさんと歩いて近くのミシシッピ・アベニューへ。レーベルとしても人気のミシシッピ・レコーズに行ったり(『スウィート・ドリームス』第4号参照、ね)、古着屋に行ったり、ミシシッピ・スタジオのバーに行って乾杯。久しぶりにゆっくりする。

夜は7時からヴァネッサ・レンウィック宅でハウス・パーティー。到着するともうマイケル・ハーレー御大がいらっしゃる。ドキドキが落ち着くのを待ってご挨拶。もしかして、来年、日本に来るかも? つか呼ぶことになるかも? ともあれ、上のような最高の雰囲気でマイケル・ハーレーが歌い、ニカさんが歌い、タラが歌い、ドラッギング・アン・オックス・スルー・ウォーターことブライアン・マムフォードが歌い、そしてまたニカさんが歌い(最後はエディット・ピアフの「愛の賛歌」で感動的な締め!)、日が暮れたころにヴァネッサの短編映画を2本見てツアーは終わったのでした。客人の中にはミシシッピ・レコーズのオーナーのエリック・イサークソンやサブライム・フリークエンシーズのヒシャム・マイエ(こちらも『スウィート・ドリームス』第3号&4号参照、ね!)も。もちろんジェフ・ソールやエリザベス・ベナブルなどなど、なじみの面々も大集合して、二階堂和美2度目のアメリカ・ツアーの終了を祝ったのでした。


次の8月9日の朝、ニカさんはポートランド国際空港より帰国の途に。ぐー、寂しい。僕だけさらに3泊ほどポートランドに泊まって、その間、ずっと観たかったフランク・フェアフィールドのライヴにライアン・フランチェスコーニと行ったり、ミシシッピ・レコーズやジェフ・ソールが働いてるエグザイルド・レコーズに行ったり、リーディング・フレンジーに行ったり、パウエルズ書店に行ったり、エクスペリメンタル・デンタル・スクールのジェシー&ショウコ夫妻とそのお子様のココちゃんに会ったり、サッド・ホース&ザ・バグス&クリア・パートリッジ(元エクスプロード・イントゥ・カラーズのヘザーとリサ、オールド・タイム・レリジョンのエレン、タラというラインナップの新バンド!)のライヴを見たり、ジェフ・ソールにストリップ・バーに連れていかれたり(ポートランドにはストリップ・バーが多いらしくてフェミニストのストリップ・バーまであるのだとか。イメージ的にはバーの一角にビリヤード台と同じような扱いでストリップのステージがあって、お客さんも余り熱心に見てない:笑)。タラやトム・グリーンウッドが最近本をつくったパブリケーション・スタジオを見学させてもらったり、と、ゆっくりしてきました。

そして、最後の夜はタラの家でBBQパーティー。上の写真はその準備の様子。「あんた、写真撮ってないで手伝いなさいよ! ムキー!」。夜中には地下室でサラ・ランド、タラ含むクリア・パートリッジの4人、アダム・フォークナーやジェフ・ソール、ディア・ノラのケイティ・デヴィッドソンなどなどが入れ替わり立ちかわり楽器を手にするジャム・セッションがスタート。知った気でいたけど、こうして実際に目の当たりにすると、あらためてこなたそなたの環境の違いを痛感した次第。最後にアダムがニュー・シット!ってディア・ノラのケイティに力説してたMTVリフ・ラフのビデオを紹介しときます。今、アダムはジャスティンっていう黒人(この日のBBQにも来てた)とパープル&グリーンっていうヒップホップ・ユニットやってます。こいつも要チェックということで。


と、お陰さまでタラ・ジェイン・オニール&二階堂和美のアメリカ・ツアー2011、盛りだくさんで終了しました。さて、これからスウィート・ドリームス・プレスでは、ジャド・フェアテニスコーツの共作盤『エンジョイ・ユア・ライフ』と、レイチェル・ダッドの『バイト・ザ・マウンテン』、2枚のCDのリリースを9~10月に控えています。そちらも、どうぞお楽しみにねっ! では、最後になりましたが、皆様残暑お見舞い申し上げます。まだまだ暑さが続きます。くれぐれも体をお大事に。