2009/03/26

ニキ・マックルーアの『All In A Day』

二階堂和美さんのニュー・アルバム『ニカセトラ』のジャケット・アートでも素晴らしい切り絵を披露してくれていたニキ・マックルーア。その絵世界が堪能できる本がまた一冊発行されました。タイトルは『All In A Day』、彼の地では100冊を越える絵本を出し、ニューベリー賞という権威ある賞を受賞しているというポートランド在住の作家、シンシア・ライラントの絵本に、ニキが全編、切り絵を寄せています。タイトル通り、1日でできること、1日の大切さを、シンプルで深みのあるひと言ひと言を通して伝えてくれているこの本、その造りも含めてオススメです。

たとえば、雨のなか、急いで洗濯物を取り込んでいる母子の絵のページに添えられた言葉は「雨雲が近くにやってきて、皆に踊り方を教えてくれる」というもの(もちろん英語ですが)。元気そうな主人公の男の子の姿から、スウィート・ドリームス第2号にもちょこっと登場したニキの愛息、フィンのことがどうしても頭を過ぎり、最終的にニキさん一家の物語のように思えてしまうのも(←邪道という)、この本の強さと素敵さの現われ、ということでしょうか。ご購入は、もちバイオリンピアでどうぞ。ちなみに下は、2週間前にアップされていたニキ・マックルーアの最新インタビュー映像。切り絵の見事な制作風景も見ることができるので、併せてどうぞ。ニキさん、ちょっと痩せたかな。あ、もちろん現在製作中の第3号の表紙も、彼女の切り絵です。お楽しみに。

2009/03/25

まるで建物が歌っているような:メイン州ポートランドのタワー・オブ・ソング


これはコングレス通り602番地の奇跡、かもしれませんな。素敵な話です。以下、おなじみ『Arthur』のウェブサイトから。
通りから生演奏が聞こえてきたようだった。しかし、視界に入る唯一のバスカーはサックスを太ももの上に置き、ポートランド美術館の前に座っている。数人が宙を見上げ、コングレス通り602番地にあるビルの4階の窓に映ったシルエットを指差している。古いホテルのなかで、シンガー・ソングライターのジョニー・ファウンテンと彼の友達のウィル・エスリッジは、メイン州ポートランドのファースト・フライデイ・アート・ウォークというイベント期間中、簡単なライヴ・ショーを企画していた。彼らはそれをタワー・オブ・ソングと名づけている。

「ジョンはミュージシャンで、ぼくたちはいつもビルの窓から外を眺めては“こりゃ最高のステージになるよな”って言ってたんだ」とウィルは言う。「で、窓を開けて、通りの向こう側にPAを向け、即席コンサートでもしてみようじゃないかって思ってね」。

それは1月の最初の金曜日のことで、メイン州一の大都市(人口6万4千人)では、ビルの時計が5時30分を指し、温度計が華氏25度を伝えていた。そして、地元のピーポッド・レコーディングスから作品を出してきた静かなインディー・バンド、デッド・エンド・アーモニーが自分たちの出番をアパートのなかで終えたところだった。ドラマーがカウチに座っている。階下の住人の邪魔をしたくはなかったのだ。

ポートランドで人気のあるデュオ、レディ・ラム・ザ・ビーキーパーのメンバーである弱冠19歳のシンガー、アリー・スパルトロが母親に電話している。

「7番出口よ」彼女は言う。「コングレス通りとハイ通りの角だから」。

数分後、彼女は自分の新作からの曲「Samples for Handsome Animals」を友達のTJメットカーフのギターでプレイしていた。その夜、そのふたりの騒々しく元気いっぱいの「Comet Flies Over the Underbelly」は、ポートランド中の通りに響き渡ることになった。

「イーストランド・ホテルと、ここにある全部のビル全部が円形劇場みたいに作用したんだな」ジョニーは言う。「音で満ちていた。まるで建物が歌っているようだったよ」。

その曲は終わり、建物の中では拍手をする者、キンキンに冷えたビールを飲む者がいた(ようこそポートランドへ。ここは冷蔵庫のビールが温まる場所)。実際の観客は外にいて、その凍えた薄気味悪い土地をウロウロしている。手はポケットのなか深く、ライヴ演奏を聴きながら。数人が通りから喝采の声を上げている。

3バンドが、その無料ライヴを終えたのは6時43分だった。彼らは、ポートランドにあるライヴハウス、ワン・ロングフェローに向かい、これからもう1ステージこなすのだ。

「たまたま聴いてくれてどうもありがとう」ジョニーがポートランドの通りに向かって言い、PAの電源を切った。

追記:ウィル・エスリッジが言うには、これから毎月1回のペースでこの催しをやっていくらしい。さらに、5月に丸1日を使ったイベントをするかもしれないとのこと。苦情が入ったときだけ警察がくるようになっていて、いままでのところ、そういったケースは幸い一度だけである。

2009/03/24

バグダッドのヘヴィメタル

チーム・キャシーのミャーザキ氏による『You Know What I Mean』ジンのトピックのひとつでもあった『Vice』と、個人的にはイアン・スヴェノニアスが毎回、最高の相手と対談していく番組「Soft Focus」なんてえのに惹かれてた(これ、文字に起こしてスウィート・ドリームスに載せたいわあ。しかし、自分にもっと英語のヒアリング能力があれば……)VBSTVの共同制作(さらにエグゼクティヴ・プロデューサーにはスパイク・ジョーンズの名前も)で、こんな映画があるそうな。
『Heavy Metal in Baghdad』は、2003年のフセイン政権失墜から現在まで、イラクのヘヴィメタル・バンド、アクラッシカウダを追ったドキュメンタリー映画です。もともとイスラム圏でヘヴィメタルを演奏することは、(不可能ではないにしても)困難がつきものでした。それでもようやく、フセイン体制の崩壊後、バンドにとって、自由な活動が許されそうな短い期間がありましたが、その希望も、彼らの国が血なまぐさい内戦状態に入ることですぐに打ち砕かれてしまうのです。2003~2006年にかけ、イラクがバラバラになっていく一方、アクラッシカウダは、メンバーの絆を保ち、いつでも自分たちが抱くヘヴィ・メタルの夢を絶やすことなく活動を続けていきました。彼らの物語は、若いイラク人たち全体の語られぬ希望の反映でもあるのです。

2009/03/23

キャルヴィン・ジョンソンの「困った」ライヴ・パフォーマンス

というわけで昨晩、キャルヴィン・ジョンソンはじめ、カール・ブラウ、テニスコーツ、二階堂和美、kabaddi kabaddi kabaddi kabaddiのライヴ(於:渋谷オ・ネスト)に行ってきましたが、これが凄かった。残念ながらトップのkabaddi×4には間に合わず、テニスコーツのスタートにギリギリ滑りこめたわけですが、なんといっても──何故だか分からないし、季節はずれだけどさやさんの歌を聞くと「天高く馬肥ゆる秋」っていう慣用句を思い浮かべてしまうテニスコーツ、ボイスのループでリズムをつくったり、工夫と歌のバランスに唸らされたカール・ブラウ、そして、今回、2日連続で見る機会があって、それぞれの「開放」と「集中」が格別だったニカさんのうたも、もちろん素晴らしかったのですが──最後のキャルヴィンのパフォーマンス。これが、まるで何もない砂漠のなかにそびえ立つ特大のクエスチョン・マークを発見したかのようなライヴで、その雰囲気をひとことで言えば「困惑」とでもいうのか……。

ステージ上、ボーカル・マイクも使わずアコースティック・ギターを弾き語り、あの朗々とした低い歌声を響かせるキャルヴィン・ジョンソン。上の映像の曲「Sitting Alone At the Movie」では、ちょうど上の映像通りの振りつけを披露して、すると、あちこちからクスクス笑いが漏れ、ときには喝采さえ、といった場面もありましたが、観ている人のほとんどは全編、拍手をするのさえためらわれたり、もしくは途中で呆れてしまったり、それともニヤニヤと笑みを浮かべるしかなかったり、そんな感じだったと思います。なんだか個人的にはひどく考えこまされました。舞台上のキャルヴィンは変わらず無表情で、次々と奇妙な抑揚の曲を歌い続けていくだけ。ちょっと悲しそうな顔に見える瞬間さえあります。たとえば、ライヴの場での聴衆との活発なコミュニケーション、軽妙洒脱なやり取り、というような、良いライヴの場を成立させるための条件だと思われているようなものは、そこにはまったくありません。歌詞が理解できるかどうかで違うのかな、と、最初は思ってはみたものの、なんだかだんだんそういうことでもないんじゃないか、という気持ちになってきて、このライヴのような、ライヴじゃないようなものは一体何なのだ?と。ちょうど実験映画を観ているような気持ちにさえなってしまいました。何か反応を返すこと、その反応を引き出すために、何かを伝えようとすること。そういった土台までなくして、その上で宙ぶらりんの状態から関係(もしくは無関係)を築き上げる、とでも言うような? つか、そんなの考えすぎ? と、この堂々巡りは、とにかく、すごい衝撃的。そして、最後にはアンコールを求める観客の大きな拍手のなか、ギター・ケース片手に客席を突っ切って、脇目も振らずステージから物販テーブルへ一直線に行ってしまうキャルヴィン・ジョンソン(笑)。あらためて、Kレコーズの恐ろしさを思い知らされた一夜でした。これからまだまだ各地での公演が残っていますので、ぜひ観てみてください(スケジュールはこちら)。やっぱりキャルヴィン・ジョンソン、すごいです。

2009/03/22

The World Fix My House

どうもお久しぶりです! さて、ようやくゆっくりできる時間ができたので、今年に入ってから読まずに受信箱に貯めてしまっていたニューズレターをひとつひとつ開いては読んでいたところ、下のようなニュースがあったのでした。ちょうど、キャルヴィン・ジョンソン+カール・ブラウ+テニスコーツのツアーもはじまっていることだし(スケジュールはこちら)、偉大なKレーベルとそのインターナショナル・ポップ・アンダーグラウンド・ネットワークの一助となれば、と、簡単に訳出しておきます。もしよろしければ、下記のリンク先からドネーションをお願いできれば幸いです。

世界がわたしの家を直してくれる。

http://theworldfixmyhouse.blogspot.com/

私はメラニー・ヴェレラといいます。フランス人ですが、美しいアメリカのオレゴン州ポートランドに住んでいます。私はそのとき、フランスにいなかったのですが、先週の金曜日、いまだかつてないほど大きな嵐がフランスの南西部を襲いました。森の6割が壊滅状態で、ひょろりとしていても、固いモミの木がなぎ倒されたために多くの家が破壊されました。その午前4時のこと、私の母と継父は静かにベッドで寝ていたところ、まず最初の木が屋根の上に倒れてきたそうです。彼らは飛び起きて、もっと安全だと思われた居間に移りました。それから数分後、2本目の木が寝室の上に倒れてきたそうです。逃げていなければ、ふたりとも死んでいたでしょう。ふたりは何時間も身を隠しながら、家の近くの木が倒れていく音を聴き、一心に助かることだけを祈っていたそうです。その夜、家の屋根には合計4本の木が倒れこみ、もう修復不可能なほどメチャクチャになってしまいました。家の周りには、他にも倒れた木がゴロゴロしています。その家は、ふたりが数ヶ月前に建て終えたばかりの、母にとって最初の家だったんです。エコ設計でした。いま、ふたりは母の友達の家で夜を過ごし、昼はなんとか修復できるところだけでも修復しようとしています。水道もなく、電気もなく、電話もありません。修理を全額賄えるほど保険が降りるわけでもないとのことで、母は車を売ってしまいました。

わたしの父の家もまた、被害を受けたようです。それは私が生まれ育った家で、私のために両親が植えた4本のポプラの木のうちの1本が、屋根の一部を壊したそうです。子ども4人に4本のポプラ。そう。わたしたち兄弟には1本ずつポプラの木があったんです。

父は言います。「まるで誰かが地面にマッチ棒を置いたみたいなんだ。でっかいマッチ棒がそこら中に倒れてる」。

わたしはすぐに飛んで帰って、家族の手助けをしたかったのですが、残念なことに私の復路の航空券は日にちを変えることができませんでした。代わりに、新しい往復航空券を買わねばならず、でも、その余裕がわたしにはなかったんです。それで、なんとかして両親の家の補修費用を集めて、彼らの近くに寄り添ってあげられるような手立てはないものかと考えたのです。彼らの哀しみを癒すためにも、なんとかご協力をお願いします。

わたしはテンダー・フォーエヴァーというバンドをやっていて、数日後にベネフィット・ショーも開催します。出演バンドは、わたしのマイ・スペースで告知します。もし、これをご覧になっている方で、あなたのお住まいのある町でライヴを開催してみたいと思われたら、お気軽にご連絡ください。あなたのサポートに感謝いたします。

基金調達を助けてくれたKレコーズ、愛に満ちたお言葉を送ってくれた友達すべて、そして、両親が必要とするときに駆けつけてくれた兄弟、そして、世界中のあなたに感謝いたします。

メラニー・ヴェレラ